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(翻訳)Groovyの歴史をちょっとだけ語ろうか

Groovyの現在のプロジェクトリーダーであり、JSR241のスペックリードであるギヨーム・ラフォージュ氏の2005年念頭のブログエントリ「A bit of Groovy history...(Groovyの歴史をちょっとだけ語ろうか)」を翻訳してみました。


このエントリでは一時期Groovyの開発が停滞したこととか、経緯とか、どう立て直したのか、なぜ立て直そうと思ったのか、とかが書かれています。


日本では、このような「Groovyの復活の経緯」というか「復活したという事実」自体があまり知られていないようなので、私(本ブログ主)としては、本記事および本ブログが、日本におけるGroovyの普及復活の一助になれば・・と願っております。

Groovyの歴史(Guillaume記す)

読者のみなさん、新年(訳注: 2005年のこと)あけましておめでとう。新年の最初の日々、ということで、例によって去年のことを回想してみたいとおもいます。何がおきたんだっけ?いい年だったかな?私たちの努力は報われたかな?欠点や見逃しはなかったかな?とか。


まず今日は、Groovyの歴史について(去年の2004にも書かれてたように)振り返ってみたいと思います。実際のところ、2004年はとっても忙しい年でした。JSRプロセスが開始されるまで、ぼくらはGroovyのために死に物狂いで働き、次から次へと機能を追加していました。いや、まあ、そのときに多量のバグも入れ込んじゃったわけだけど、だとしても、本当に充実していた時期でした。その後、JSRの手続きが始まって、そのときにぼくらの作業はほとんど止まっちゃったんだ。なぜかっていうと、先行きの不安があったし、その他の考慮しなければならない事柄とか、JSRプロセス事項がうまくいかなかったらどうしよう、という恐怖とかがあったからなんだ。活動が停滞してしまい、また変更が禁止されフラストレーションがたまったせいで、幾人かのコアデベロッパーはそのときに実際離れてしまった。彼らが離れてしまった理由については他に、ぼくらのプロジェクトリーダー(訳注:James Strachan氏のことと思われる)が他のプロジェクト(訳注: ServiceMixとかかな)にかかりっきりになってしまい、Groovyプロジェクトが管理されなくなってしまったせいもあるかもしれない。


それで、10月ごろになって、ぼくはその状況にとことんうんざりしてしまった。ほんとうにもう、変えたくなったんだ。その時Groovyは、何も手を打たなければ、いわば「死んで」いたんだ。それが、ぼくがGroovyという船をまた動かそう、と思って尽力し始めた理由なわけです。友達であるJeremy Raynerと一緒に、ぼくらはみんなを目覚めさせようとした。JSRミーティングを11月に調整して、すっげー時間をかけて、ベータ8リリースをするために当時の実装のバグを直しましたよ。それと、フォーラムで、できるかぎりぼくらのユーザたちの手助けをしたんだ。また、助けになってくれる新しい開発者を何人か「雇った」。彼ら(Russel Winder, Jochen Theodorou, Dierk Koenig, そしてScott Stirling)には本当に感謝したい。JSRプロセスは、Jeremy RayerとJohn RoseがやってくれたGroovyの新文法のおかげでまた進み始めた。
この新年までに、JeremyはJSRプロセスにおける作業のよくできた総括と概要をぼくらに与えてくれた。


Bile Blogに書いたけど、ぼくらは他の似たような批判もいくらか受けるようになった。Haniはいくつかの問題点を提示してくれました。ぼくらはそれらの問題点を、できるかぎり解決しようとしているし、利用者たちが関心を寄せている点についても同様。ぼくはGroovyが2005年の時点よりも成熟するようになることを望んでいるし、実装を適切かつ標準化された形に持って行くべきだと思っています。


そのブログエントリを書いた一番の理由は、GroovyがJSRプロセス化さえることの背景にある歴史について説明することでした。これにはRichard Manson-Haefeldに一番の責任があり、彼はちょうどそのことをブログに書いています。彼は、Groovy JSRの歴史で、それについて説明してくれています。


2005年がGroovyの年になりますように。
では、みなさん、グルービーニューイヤー!!!

Grails eXchange 2007カンファレンスの話題では、「オープンソースプロジェクトにおいてプロジェクトリーダーを交代する」ってのをうまくやるのはまれで困難なことだが、ギヨームたちがまさにそれをやりとげたのが偉大だ、というような話がありましたが、本当にそうだと思います。

あと、後半の「Groovy JSRの歴史」のリンク先も興味深い。GroovyがJSR化されたのは、偶然もあり、思惑もあり、また停滞を引き起こしもし、いろいろあったわけですね。

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